背景
平成28年4月1日に施行された平成27年改正後の特許法の下では、従業員が職務上行った発明(職務発明)について、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者に特許を受ける権利を取得させることを定めていたとき、特許を受ける権利は、原始的に使用者に帰属するとされています(特許法35条3項)。
そして、従業員は、その代わり、相当の利益を受ける権利を有することとされています(同4項)。
そこで、会社は、職務発明規程を定めて、発明や特許を受ける権利の会社側の原始取得を明記するとともに、発明者従業員に対して次のような報償金や補償金を支給する旨を定めることがあります。
(1)出願報償金: その発明により特許出願したときに一定額支払う
(2)登録報償金: 特許登録されたときに一定額支払う
(3)実施報償金: 自社が同特許を実施したとき、又は第三者に実施許諾したときに、それに基づく売上高などに連動させて補償金を支払う
(4)譲渡報償金: その発明に係る特許を受ける権利や特許を第三者に譲渡したときに譲渡対価に比例させて補償金を支払う
争点
では、従業員がこれらの報償金を受け取ったとき(会社側がこれらの報償金を支払ったとき)、果たしてどのような課税関係が発生するのでしょうか。順を追って検討したいと思います。
従業員側の所得税関係
ところで、関連しそうな通達はあるのでしょうか。
通達
所得税基本通達23~35共-1は、次のように定めています。
「業務上有益な発明、考案等をした役員又は使用人が使用者から支払を受ける報償金、表彰金、賞金等の金額は、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる所得に係る収入金額又は総収入金額に算入するものとする。(平17課個2-23、課資3-5、課法8-6、課審4-113改正)
- 業務上有益な発明、考案又は創作をした者が当該発明、考案又は創作に係る特許を受ける権利、実用新案登録を受ける権利若しくは意匠登録を受ける権利又は特許権、実用新案権若しくは意匠権を使用者に承継させたことにより支払を受けるもの これらの権利の承継に際し一時に支払を受けるものは譲渡所得、これらの権利を承継させた後において支払を受けるものは雑所得
- 特許権、実用新案権又は意匠権を取得した者がこれらの権利に係る通常実施権又は専用実施権を設定したことにより支払を受けるもの 雑所得(以下略)」(https://www.nta.go.jp/law/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kihon/shotoku/04/10.htm)
この通達は、特許法の上記改正後も変更がなされていません。
ですので、この通達によると、従業員が、特許を受ける権利の譲渡に際して得たものは譲渡所得、承継後に支払を受けたものは雑所得で処理することになります。
もっとも、このような報償金は、従業員に対し、職務発明に対するインセンティブを与え、発明の労に報いるものであり、給与所得にあたるとすべきであり、ほかにも、例えば、退職後に報償金が少なかったことをめぐって紛争になり、支払われた和解金であっても譲渡所得にあたると解すべきという見解も主張されています(金子宏「租税法」など。裁判例は反対)。
原始帰属する職務発明の報償金
では、原始帰属する職務発明について支払われた報償金は、どのように取り扱われるのでしょうか。通達は、権利の譲渡に際して得たものについては規定していますが、権利がもとから会社に帰属している原始帰属の場合については触れていません。
所得税の検討ですので、主に次のような所得区分を検討してみることになります。
- 譲渡所得 ・・・ 従業員から会社への譲渡がないため、該当しない。
- 給与所得 ・・・ 退職後、死亡後も支払われる点で、雇用関係と結びついていない。あくまで発明者としての地位に基づいて支払われているため、該当しない(といわれますが、本当にそれでよいのか深く検討する必要があると思います)。
- 一時所得 ・・・ 社内規定に沿って支払いを受けており、臨時・偶発性がないため、該当しない。
結局、どの所得区分にも当てはまらない所得とならざるを得ず、いずれの報償金も「雑所得」とされる可能性が高いです(少なくとも課税の現場ではそのように取り扱われています。文書回答事例:https://www.nta.go.jp/about/organization/nagoya/bunshokaito/shotoku/170206/besshi.htm)。
なお、雑所得となると、場合によっては半分以上を税金に持っていかれますので、発明者従業員の方にとっては相当もったいない話になりますし、結果としてインセンティブを損なってしまっては元も子もありません。
会社側の源泉徴収関係
会社側に源泉徴収義務はありません。
従業員に支払うこれらの報償金は、特許法35条4項に規定する「相当の利益を受ける権利」に基づき支払をする金員であり、ロイヤルティや使用料ではありません。したがって、源泉徴収義務(所得税法204条1項1号)の対象となる報酬・料金とは異なる性質の金員ということになります。
会社側の法人税関係
会社は、出願と登録について、特許権取得のために要する費用として報償金を支払ったということができますので、出願報償金と登録報償金とを特許権の取得価額に含めることになります。
会社は、自ら特許を実施した実施報償金や譲渡報償金を、法人の損金の額に算入できます。
従業員と会社の消費税関係
消費税は、資産の譲渡等を課税の対象としており(消費税法4条1項)、資産の譲渡等とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいうとされています(同法2条1項8号)。
しかし、会社が原始的に取得した特許を受ける権利について、のちに出願・登録となり、出願報償金及び登録報償金が発生したとしても、出願や登録時点において、従業員と会社との間に何らかの資産(権利)の譲渡等があり、その対価の支払いがあったわけではありません。
したがって、この点について、消費税の課税はありません。
また、実施報償金や譲渡報償金も、すでに会社が原始的に取得したものを実施、譲渡して利益を得た場合に、その利益の一部を従業員に還元して労に報いようとするものです。つまり、会社が実施、譲渡した時点や報償金支払いの時点において従業員と会社との間に何らかの資産(権利)の譲渡等があり、その対価の支払いがあったわけではありません。
したがって、この点について消費税の課税はありません。
まとめ
このように、会社が特許法35条に基づいて従業員に支払う報償金をめぐる税務関係は、文書回答などを通じて、その取扱いが決まってきた感はあります。
他方で、職務発明に対するインセンティブをどのように与えるかという発想は、会社によってまちまちであり、会社によって報償金の支払い方、条件は様々です。このため、場合によっては、上記取扱いから外れるものもあるでしょうし、それによって異なる処分を受けたり、事情が違うにもかかわらずこの取扱いにあてはめて処分されることもあると思われます。
その場合には、会社における職務発明規定と報償金の支出という事実とを法文に照らして十分に検討して、争うべきところは争うというスタンスが必要になると思われます。
(弁護士 永井秀人)
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